『「ピカソ 愛と苦悩-「ゲルニカへの道」展』 |
| ピカソ。誰もが知っている。美術にまったく興味のない人間でも名前くらいは知っている。いまこれを書いているワープロですら知っていた。(ちなみにゴッホやダリは知っているが、「待ちす」は苦しく、「費黴あ」になるとお話にならない。)
ピカソが二十世紀最重要の画家であるという評価もすでに定まっている。好き嫌いは別
にして、それを否定する意見は聞かれない。岡本太郎を触発し横尾忠則の人生を変え池田満寿夫を一閃で虜にしたピカソである。とにかくすごい画家に違いない。 私が初めてピカソの絵を見たのはいつだろうか。わからない。積極的にピカソの絵を見た記憶もない。おそらく教科書や美術の常識などによって受動的に与えられたピカソが、私自身の感情と結びつかぬ まま空疎な知識として頭に残っているにすぎない。 空疎な知識として私の頭に残ったピカソの絵は、「なんだかよくわからない絵」「ヘタウマ芸術の元祖」というものである。ピカソの絵をじっくり見たこともないくせに知ったような気になっている。返答に窮する絵を見せられると、「ピカソみたい」と言って場をしのぐ愚も犯した。だが、そう言われた相手もまんざらでもなさそうだった。各界にピカソなる人物はいて、料理界のピカソ、文壇のピカソ……と使われるかどうかはともかく、ピカソ=怪物的な天才という等式が、ピカソと無縁の人々の間でも成り立っている。 ピカソはまた、現在売れ筋ナンバーワンの画家でもある。九五年春季版画市場では、前季に続いて第一位 の占有率を誇っているし、今回展示されていた「ミノタウロマキア」(エッチング)は、昨年十一月のクリスティーズ・ロンドンで八二一〇万円、二位 のムンクに六千万円以上の差をつけて落札されている。ピカソグッズは世に溢れ、私の本棚の隅にも、頂き物の小さな「ゲルニカ」がある。芸術の商品としての側面 を私は否定しない。 つまりピカソは有名人であり、彼の作品は「ピカソ」という名前の絵画、名画なのである。 名画は作品そのものの出来不出来や作者の意図をはるかに越えたところで、名画になるべくしてなるものでもあるが、その押しも押されもせぬ 「ピカソ」を初めてきちんと見ることになった。私はできるかぎり絵そのものを感じるように見た。そうした見方しかできないわけだが、これは美術の常識を持たぬ 者に与えられた制約であり特権でもある。 今回のピカソ展は「ゲルニカ」を中心に、その主要な構成要素とされる「闘牛」「磔刑」「ミノタウロス」「女」「アトリエ」の五テーマが設けられ、それぞれのテーマがどのように「ゲルニカ」と関連しているかという視点で展示されている。解説文がところどころにあり、「ゲルニカ」解説ビデオの上映フロアもあるが、無視して進んだ。 ピカソは「なんだかよくわからない絵」などではなかった。あまたのヘタウマがそうであるように見方をずらせば上手い絵である、といったふにゃふにゃした絵でもなかった。襲う牛も襲われている馬も、女と戯れるミノタウロスも、横たわる女も泣く女も、どれもそれ以外の何かに見えることはない。酒杯をかかげたときのミノタウロスは満足そうだし、泣く女は涙を流して泣いている女以外のなにものでもない。とてもわかりやすい。アクロバティックなデフォルメも、ピカソが提示する新しい価値観をわかりやすく見せるためのものである。 ピカソ的な絵を見慣れている若い世代にとっては、ピカソがわけのわからない絵などと言われることこそが、わけのわからないことなのではないか。もっとも、リアルタイムでピカソを見た人間と同じ感動を味わうことはもはやできない。新しい価値観はすぐにありきたりな常識となるから、リアルな感動がないのは後の時代の者が見るときの宿命である。だが、後の時代の人間だから獲得できる視点もある。 私が勝手に現代のピカソと敬愛畏怖する美術家の作品に「温新知故」という意味の書がある。「温故知新」ではなく「温新知故」。新しきを温めて故きを知る、である。私はこの姿勢を支持し愛している。好きな現代美術(森村泰昌氏や福田美蘭氏の作品)は「温新知故」が貫かれている。おかげで私の美術に対する興味は現代美術から古典へという方向で進み、それまであまりぴんとこなかったレンブラントやベラスケスを自分なりに楽しめるようになった。後の時代の人間だからできる「温新知故」の姿勢で見ることによって、「名画」はいくらでも新鮮で面 白くなり、さらに理解は深まって、優れた先達の才能に敬意を表することにもなる。 原寸大写真複製の「ゲルニカ」の前に立つ。人だかりはない。スペイン内戦がらみ以外で語られることのないこの大作を見ても、私には解釈好きが言うようなメッセージは感じられない。期間中三回見たが、感情に大きな変化は起こらなかった。日本の美術館にありがちな仰々しい展示の仕方もあって、名所旧跡を訪れるような見方しかできない。 ミノタウロスのシリーズはよかった。ギリシャ神話に登場する半身半獣のこの怪物をピカソは好んで描いた。ミノタウロスは女を強姦したり子供を襲ったりしたかと思うと、哀れにも馬に打ち倒されたり、盲目となって少女に導かれたりして、とても多面 的に描かれている。この多面性が魅力の一つでもあるのだが、どのミノタウロスも実に可愛らしい表情をしているということがさらに私を惹きつけた。春画を思わせるミノタウロスと女の絡み、その柔らかさ優しさ。醜悪さや下劣さはかけらもない。このエッチングは私の部屋に掛けたくなった。ピカソはミノタウロスを自らの分身と見立てていたという。なるほど、顔の何倍もある牡牛の仮面 をつけた上半身裸のピカソの写真からは、牛好きのお茶目なおじさんの嬉々とした様子が伝わってくる。牡牛の仮面 も子供の玩具のように可愛い。 細い通路に、ピカソと彼の家族や関わりのあった女性たちの写真が掛かっていた。マン・レイの撮ったピカソのポートレイトが目を引いた。心身共に健康そうな男がこちらを見ていた。私は「人は見かけ」という立場を芸術家に対しても通 していて、観念やクスリに縛られ脳も内臓も衰弱した「いかにも」な芸術家は敬遠してしまうのだが、ピカソはそうではなかった。わかりやすく例えるなら、朝から牛丼、夜はイタリア料理のフルコースをペロリと平らげ、お洒落で女に超まめな絶倫男といったところである。ピカソは、天才といわれる人にありがちな危うい狂気もすさんだ雰囲気も漂わせていなかった。創作に自らの肉体や精神の病的な酷使を必要とする観念の亡者ではなかった。安定した現実感と理性に支えられていた。瞳には戦略的なものさえ感じられた。私はピカソを信用した。生涯自分の生み出した方法に安住することなく変身を繰り返し、五万点とも七万点ともいわれる作品を日記をつけるように制作し続けた原動力を見たような気がした。 ピカソが言うように芸術は破壊の集積だとすると、ピカソの一作一作は破壊するに足る作品であり続けねばならず、破壊されたことがわかるような現実的でわかりやすい作品でなければならなかった。ピカソは、天才が純粋なる己の内からふつふつと湧きたってくるものを素直にキャンバスに叩きつけた、というスタイルとは無縁の天才だった。だから私は飽きずにピカソを見に行き、面 白いと感じたのである。 そしてさらに今は、マルセル・デュシャンがレオナルドの名画「モナ・リザ」に髭をつけたような愛すべき方法で、現代のピカソが「ピカソ」を破壊してくれることを楽しみにしている。 |