
きれいに歳をとりたい。
特に女性なら、その思いは強いかもしれません。
私も寿命の半分近くまで来て、自分はどういう婆さんになるか、なりたいか、なってしまうか、かなり頻繁に思い描くようになりました。
きれいな婆さん、かっこいい婆さん、頑なな婆さん、静かな婆さん、賑やかな婆さん、意地悪な婆さん。どれもそれぞれ少しずつ魅力がありますが、どんな婆さんかというのは結局他人の評価にすぎません。自分の生活を楽しみつつ、自分はババアだという認識を失わないうちに無理のない寿命を全うできればよしと、今のところはしておきます。
では後半生をどのように過ごすか。
ターシャ・テューダーの生活は、ひとつの理想的なイメージを与えてくれます。八十五歳の女性が一人森の中で暮らすには様々な不都合や不安があるにもかかわらず、ターシャ・テューダーの暮らしぶりを羨ましいと思うのは、彼女が長いこと望んでようやく手に入れた生活に感謝し、毎日を変わることのない愛情をもって大切にし、心から楽しんでいることが感じられるからです。
ターシャ・テューダーは、1915年ボストン生まれ。画家であり、作家であり、本格的な庭師であり、デザイナー兼仕立て屋であり、腕利きの料理人であり……と、並べ立てたらきりがありませんが、絵本や挿し絵の仕事をしつつ、衣食住に関する日々のさまざまな手仕事を楽しみ、どれにもプロの腕前を発揮しているすごい女性です。
彼女はバーモント州の森の中、約二年をかけて自らデザインした家に、最愛のコーギ犬をはじめ多くの動物たちと暮らしています。
1830年代のニューイングランド式庭園を受け継いだ三十万坪に及ぶ庭には、彼女が丹誠を尽くした季節の花が咲き乱れ、冬は二メートル近い雪がすべてを覆います。
彼女は夢を叶えたこの土地を自ら「この世の楽園」と呼び、夜明けとともに起き、動物や植物の世話をし、きちんとした食事をつくり、使いこんだ道具のの手入れをし、絵を描き、機を織り、ドレスやぬ
いぐるみを縫い、手や身体を動かせることを喜びながら、人としてあまりにもまともな生活を穏やかに続けています。それでいて、人嫌いで山にこもっているのではなく、都会の生活に反発して自然派志向になっているのではないのが、実に彼女の魅力的なところです。
ターシャ・テューダーは二十五歳のときに、はじめての絵本『パンプキン・ムーンシャイン』を出版しました。今までに八十冊以上の本の挿絵、絵本を描き、仕事でなくとも紙を前にすれば手が動いてしまうかのようにスケッチをし続けています。しかも、よりよい作品のために常に新しい方法を模索しているというのですから、すごすぎて言葉で称えてしまうのはおこがましいほどです。
私が好きな作品は、ターシャ・テューダー自身一番好きだという『コーギビルの村まつり』(1999年メディアファクトリー刊/食野雅子訳)【原題『Corgiville
Fair』1971年crowell社】です。
登場するのはすべてコーギ犬やウサギや猫やヤギや豚やアヒルなどの動物で、コーギ犬が村まつりの最大イベント「ヤギレース」に出場し、新記録で優勝するというかわいらしい話ですが、ここに描かれているコーギ犬が何とも言えずいい顔をしています。
特に、八匹の笑顔のコーギ犬が正面をむいて並んでいる絵は涙が出てきます。
ターシャ・テューダーがほんとうにコーギ犬が好きで好きでたまらないというのが、衒いなく伝わってきます。ふつう、同じ動物(作者にとっては同じではありませんが)を八匹も描こうとすれば、どれか一匹くらいは拗ねた表情にしてみたり、よそ見をさせてみたりして、いらぬ
バランスをとってしまうものですが、ターシャ・テューダーのコーギ犬たちは、どれもきちんとお座りをして、飾り気もなく、ふつうに笑っています。そしてどの犬も幸せそうです。こういう品と力を備えた絵は、犬を愛しているプロの画家にしか描けないものです。
ターシャ・テューダーは自分が好きなものの愛し方をきちんと解っているのだと思います。
相手が動物であれ植物であれ旧い鍋であれ一枚の布であれ、それぞれにふさわしい接し方を心得ていて、手を抜いた扱いを決してすることがない。自分に関わるものすべてにそれを貫き続けることは、並大抵のことではありません。
しかし、それを少しも大変そうにでも忙しそうにでもなく、気づいたら楽しくやってしまっているのがターシャ・テューダーです。
すごい婆さんになるには、やはり今から毎日を面倒くさがらずにきちんと過ごすしかないようです。