『犬の気持ちは、わからない 熱海バセット通信』          
       押井 守 著  エンターブレイン

 犬が本当に好きで好きで仕方ない人の文章は泣けてきます。書かれる内容がどんなに糞尿まみれのドタバタ爆笑ものであっても、犬を愛し、犬のいる生活を愛する心が、ごまかしのきかない文章の核の部分となり、何をどう書いても犬バカの心を震わせ、否応なく涙を誘ってしまいます。

 押井守氏と聞けばバセット、散歩でバセットを見かければ『押井守』。かなり感度のよい条件反射の回路が、すでに私の神経系には出来上がっていますが、「押井守⇔バセット」回路の強度と速度をさらに増すのがこのエッセイ集です。全編「バセット大好き」で埋め尽くされた素晴らしい本ですが、そのあまりにも屈託のない「バセット大好き」は、帯の言葉がみごとに表しています。『なろうことならバセットになりたい』。

 バセットとはいかなる犬か。胴長短足、長い耳、口のまわりのたるんだ皮、デブ、ハッシュパピーの商標。さらに、この特長故にこそ、バセットをこよなく愛する押井氏にしたがえば、かさばる、重い、頑固、やる気なし、ということになります。
 おバカな子ほどカワイイとはよく言ったもので、人の役に立つようなことは何もしない犬のカワイさは、我が家のダックスをみてもよくわかります。犬の願いはただひとつ、いつも人と一緒にいたいだけ。仕事らしきことは何もしないし、やる気もないけれど、だからこそ犬を犬として可愛がることができるのだと思います。
 とはいうものの、いくらやる気がないといっても、犬に意志がないわけではなく、自分が遊びたいときやおやつが欲しいときは、真剣に全力を投じて意思表示をします。そこには、小賢しい思惑やかけひきなどなく、一点に集中されたわかりやす過ぎるほどの欲求があるのみです。その後先を考えない愛すべきおバカさが、たまらなくカワイイのです。人からは得られない犬と暮らす素晴らしさも、おそらくはそこら辺にあります。

 押井一家の生活を拝読すると、『機動パトレイバー』がバカ売れして、熱海の山に犬や猫と暮らせる家が建ってほんとうによかった、と思います。私は他人の幸せを心から祝福できるような人間では断じてないのですが、人に余裕ができて、犬と暮らす生活を選び、犬達が大切にされ幸せにしているのを見ると、その飼い主が儲かったことを自然に喜ぶことができるようです。
 これからも儲かり続けて、犬達と楽しく暮らしてゆくことを祈ったりもし、願わくば、押井氏の望み通 り文筆で生計を立て、東京へ単身赴任せず、ずっとバセットといられることを…などと、アニメ・映画業界への打撃をまったく無視した考えをも抱きます。

 それにしても、だいの大人がこんなに正直に犬を好き好きと言える潔さ。人にそうさせてしまう犬のすごさ。
 冬の短い日だまりで丸くなる我が家のおバカでカワイイ短足胴長の生き物をながめ、本書を繰り返し読みつつ、まえがきとあとがきに何度も涙しながら、しみじみと犬のことを思うのでした。

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