
MAYA MAXX氏の描く犬が特に好きです。
喜んでいたり、安心しきっていたり、すごくいたずらそうだったりするのに、その犬を見ていると、涙が出てきて止まらなくなります。
この涙の原因は、嬉しいとか哀しいとか、はっきり説明のできるものではありません。おそらく、いい絵、まさしくMAYA
MAXX氏のいういい絵を見たときに溢れてくる涙です。
いい絵には魂がこもっています。小手先の技術や、小賢しい知識を超越した魂が、MAYA MAXX氏の絵にはどれもこもっていて、それが見る方の魂をも揺さぶるのだと思います。
先日、有楽町阪急のギャラリーで、BINZO FAMILYやSPACEMAN、本の装丁画やCDジャケットなど、いろいろな作品やグッズで囲まれたMAYA MAXX 空間を楽しみ、さらに、ご本人のイラスト付サインまで頂いて、いい作品(MAYA MAXX氏自身も自らの作品といえます)に出会う喜びを生で得ることができました。
この日の私は年甲斐もなく、ご褒美を前にした犬のように落ち着きなく、朝から楽しいことだけを考えていられました。サイン会に行く電車の中では、吉本ばなな氏の『ハネムーン』(中公文庫版)を開いて、はやくも気分を盛り上げました。 この本は、犬好きの人の心にストレートに食い込んでくるばなな氏のいい文章と、それにあまりにも合いすぎたMAYA MAXX氏のいい絵が、予想以上の相乗効果で涙腺を刺激してくるので、家の中よりも人目の多いところで読む方がよかろうと判断したのですが、それでもこみあげてくるものがあって、いそがしく本を閉じたり開いたりしました。閉じたところで、本のカバーを裏返して付けていたので、そこにはまたたくさんのMAYA MAXX犬が現れてしまったのですが。
ギャラリーで絵を間近にし、筆の跡やはみ出た絵の具や端が破れた広告紙のようなキャンバスなどを目にすると、MAYA MAXX氏にとってはほんとうにどこでもがキャンバスで、かきたいものをかくという気持ちがよく伝わってきました。
氏のかきたいものに対する愛情がきちんとした作品群という形になって、人の心をとらえていました。しかしこの点が、子どもや素人の絵とプロの絵との違いで、一回限りなら子どもでも人を喜ばせる絵がかけるかもしれませんが、言われれば何回でも、自分がかきたくないときにでもとなると、そううまくはいかなくなります。
つねにいい絵がかけるプロは、自分がなにを愛しているか、それをどうしたら的確に人に伝えられるかがわかっています。自分が弱りそうになったときも、どうやったら自分が回復して、かきたいものをかき続けていけるかを知っています。かきたいものをかくときも、決してかきたいようにはかいていません。
そこらへんのことが、『MAYA MAXXのどこでもキャンバス』のあとがきに 書かれていて、机を例にした話が心に残りました。
「コドモたちはまだあんまり何ものせていない机で、私はくずれそうなくらいたくさんの物をのせて、そのあと全部はらい落とした机だけど、何ものっていない机同士だ」と。
とても深みのある、いいことばです。
そんなMAYA MAXX 氏の会場に飾ってあった犬のポスターを眺めながら、またなぜか、じわりときてしまいました。