
アムステルダムで暮らしてみたいとまで思っているので、このタイトルを見過ごすことはできません。アムステルダムに限らず、オランダの文字があれば本に限らず反応してしまう為、この本も中身を見もせず購入しました。
著者は英国ハンプシャー生まれ、オックスフォード在住。作品もアムステルダムが舞台ではなく、ラストで登場人物達の向かう先がアムステルダムというだけなのですが、この小説を一言で表したうまいタイトルです。
大人のための小説、洗練された文章、流麗な表現、アイロニカルなユーモア、辛口、苦みなどが、この本を評するときに送られる賛辞ですが、文章をないがしろにしない小説家が、異常ではない人間を冷静にとらえて描こうとし、それに成功すればこのような作品が出来上がります。
翻訳ものは途中で飽きてしまうことが多いのですが、これは他の本に目移りすることなく集中し、読了しました。著者はインタヴューに答えています(『海外作家の文章読本/海外作家の仕事場1999』:新潮社)。読み切るのが惜しくなるような思いをもたらすのは、高いレベルの文章と作家の知性である。読者をそうした感情に導き、好奇心を刺激するのが語り口である。求心力となるのは物語の構造であり、どこか建築と通
じる。
建築であるからには、たった一カ所の手抜きが致命的な欠陥となり、大人を満足させる商品ではなくなってしまいます。見かけはスタイリッシュでも、実は手抜きだらけ、その場しのぎ、子供だましの欠陥住宅で暮らせない人は、基礎がしっかりし、機能美も考えられた部屋で一度くつろいでみるといいかもしれません。
私の印象に残るのは、」-カのアムステルダムの街の描写(とてもよく雰囲気が伝わります)と、最後に行くところが皮肉であれ、アムステルダムであるということです。
『オランダモデル/制度疲労なき成熟社会』(日本経済新聞社)の著者である長坂寿久氏は、尊厳死ができるという理由だけでも、オランダは永住したいと思うに足る国だと思った、と書いています。
また、『トレインスポッティング』(アーヴィン・ウェルシュ著:青山出版社)でも、主人公のレントンはラストでアムステルダムに向かいます。
それぞれ行く意味合いは異なりますが、なぜかアムステルダムはそういう包容力のある街なのです。
つまり、アムステルダムに行きたい。