犬日記2001 春 その2


5月某日 

 一日じゅう降ったりやんだりしていた雨が、
 夕方になってようやく上がった。

 ウトウトがずっと続くような春の午後の昼寝。
 一日の後ろ半分もめいっぱい楽しく過ごすために、
 たとえ少しでも昼寝は欠かせない。
 毎日そうするように、人間の膝の中にすっぽりはまる。
 昼寝専用の”寝床”だ。”寝床”自体も寝ている。

 束の間の充実した眠りから、”寝床”と同時に覚めた。
 そろそろ散歩に行く頃だ。
 なんか、どこか、いつもと寝覚めの気分が違っている。
 覚めてすぐのわりに、すっきりしている。
 自分も、まわりの空気も、涼しく澄んでいる。
 いまにも、走り出せそうなくらいからだが軽い。

 頭にことばがどんどん入ってくる。
 入ってきたことばは、そのままのスピードで通り抜けてゆく。
 散歩に行こう。
 もう、雨はあがったよ。
 今日もちゃんと散歩に行けてよかったね。

 ある静かな春の午後、雨が上がって、ことばの精が降りそそいだ。
 


 

4月某日 

 桜の季節がやっと終わった。
 いつもの散歩道も、ふつうに歩けるようになった。
 桜が咲くと、池の周りは人や車や犬やベビーカーでいっぱいになる。
 池にもボートがぎっしり浮かぶ。

 みんな上を向いて、のろのろ歩いたり、立ち止まったりしている。
 美味しい匂いのするところに、人がかたまっている。
 ふだん見かけない犬もたくさんいる。

 これじゃあ散歩にならないのでコースを変える。
 毎日会うシェルティがいる。
 桜の時季は、雨が降ったり風が吹いたりすると嬉しい。
 昨日あふれていた人たちが、うそみたいに消えている。

 花びらが足の裏にはりついたり、お腹にくっついたりして、
 そのたびにいちいち立ち止まる。
 気になって歩けないので、取りはらって貰わなければならないのだ。
 でも、その後おもいきり走れば、
 立ち止まったことなんかすぐに忘れてしまう。

 桜の花も、花見人も、あっというまにどこかにいった。
 桜の木なんて毎日見ている。今日もちゃんとおしっこをかけて来た。
 


 

4月某日 

 家の人が他の犬の話をしているのはイヤだ。
 だから、ボールをくわえて、むりやり間に割って入る。

 家の人が真剣にテレビを見たり、本を読んだりしているのはイヤだ。
 だから、目の前をウロチョロするし、
 読んでる本の端に飛びついて噛みちぎる。

 家の人が出かけてしまうのはイヤだ。
 だから、お見送りなどしない。
 何か言われても、わざと知らん顔している。

 人のことばはけっこうわかる。
 ことばそのものではないにしても、言っている内容はきちんとわかる。
 聞いていないようで、何でもしっかり聞いている。
 そうでなければ、おやつを一回損するかもしれない。
 知らん顔しているときは、わからないんじゃなくて、
 無視をしようと決めて無視しているのだ。

 たぶん、人が考えている以上に、人同士のことばを解っていると思う。
 犬同士のことばを、人があまり解っていないことに比べれば、
 ものすごくいろんなことがわかっている。
 犬のことをちゃんと知っている人は、
 きっと、犬のことばはよくわからないと思っている人に違いない。
 


 

4月某日 

 小さいやつがいる、と思ったらウサギだった。
 細い紐をつけられて、芝の上で丸まっていた。
 近くまで行ったら、とても大きかったので慌てて逃げた。

 池のほとりに行くと、またウサギがいた。
 人に囲まれた真ん中で丸まっていた。

 ウサギは跳び跳ねるんじゃないのか。
 さっきのウサギは太ってて、耳も大きくて垂れていた。
 この前、テレビの料理番組ではウサギを食べていた。
 あのウサギはまた別のやつか。

 ウサギの後ろ足あたりは、ちょっと美味しそうだ。
 ひとっ走りして戻ってくると、さっきの芝生にまだウサギがいた。
 すこし移動しただけで、相変わらず丸まっていた。

 紐を持った女の子が、こっちを向いて笑った。
 いつもはオシッコをする芝だけど、そのまま走って通りすぎた。
 


 

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