犬日記2001 その7


某月某日 

 別宅暮らし2日目

  爺と留守番をした。
  女達は買い物に行った。
  「すぐ帰ってくるね」と言ったけれど、嘘だ。
  出かけるときの格好や、においでそんなのすぐわかる。

  とたんに何もする気がしなくなった。
  爺の手を咬んでも、いまひとつ乗らない。
  みんながいるときはあんなに楽しいのに。
  仕方がないので、爺の安楽椅子を取り上げて昼寝した。

 

某月某日 

 別宅暮らし3日目

  婆がこっちを見て、ニコニコしている。
  何かくれるのかと思ったが、そうではないらしい。
  頭をなでながら、ひとりでなんやかや喋っている。

 「ドングリちゃん、ドングリちゃん。
  面白いお顔ねえ。
  婆ん家の子になっちゃう?
  婆ん家なら、毎日いっぱいおやつ食べられるわよ。
  アイスいっぱい食べて太っちゃおうか。
  ねえ、ドングリちゃん。
  ほんと、とぼけたお顔ねえ」
  ひとりで喋って、ひとりでケタケタ笑っている。

  何もくれないから、寝た。

 

 

某月某日 

 別宅暮らし3日目

  婆も爺も、むやみにドングリ、ドングリ、呼ぶ。
  初めのうちは、ドン、と言われただけで、すっ飛んでいった。
 
ドン、キホーテと言ったって、ダッシュで飛びついた。
  行けば、何かもらえたり、車に乗れたりするからだ。

  でも、ただ呼んでいるだけの時も、けっこうあることに気づいた。
  もらえるときと、もらえないときの違いが、少しずつわかってきた。
  もらえないときは無視することにした。

 「聞こえてるのに、知らあん顔してるよ」
 「あら、ほんと」
 「でも、冷蔵庫開ければ、飛んでくよ」
 「そうね。ふふ。そうね」

  何をしても、爺婆は楽しそうである。

 

 

某月某日 

 別宅暮らし4日目

  今日は婆と爺と留守番だ。
  世話係は早くから一人で出かけ、朝ご飯を婆からもらった。
  婆のご飯は、おいしいふりかけがたくさんかかってるけど、
  なんかどこか物足りない。
  欠かしたことのない食後のマウントもする気が起きない。
  仕方がないので、婆にくっついて寝た。たまに爺の椅子を取り上げた。

  世話係はなかなか帰って来ない。
  玄関でちょっと物音がすると、いちいちすっ飛んで行く。
  遊ぶ気も起こらず、かといって落ち着くこともできない。
 
シッコするのも忘れていて、おシッコは?と、婆に言われて気づいた。

  眠くもないのに、もうひと眠りした頃、ようやく世話係が帰ってきた。
  のしかかって、顔じゅうなめ回した。
  その日は、それから夜までずっと騒ぎまくった。
  一息ついたところで、まずマウントし、婆に飛びつき、爺に挑み、
  おやつをねだり、どでかいクッションを振り回した。

  みんなで食べる夕飯はすごくおいしかった。
  いつまでも寝ないので、怒られた。
  でも結局、特別に夜の散歩に連れて行ってもらった。
  夜でも快便だ。

  ようやく落ち着いてふとんにもぐった。
  夢をみた。

 

 

某月某日 

 別宅暮らし5日目

  大好物がまたひとつ増えた。
  このおいしいものは何だ。
  あったかくて、ネバネバしてて、ほんのり甘くて、
  こんなのいままで食べたことない。

  婆がつくるコレは最高だ。
  アイスにはちょっと及ばないかもしれないけれど、
  お皿をいつまでもペロペロしてしまう。

  もっとくれくれ飛びついた。
  婆がとても嬉しそうに言った。
 「おかゆ好きなの。じゃあ、また夜もおかゆ炊いてあげようね。変な犬」

  われいかにして「おかゆ犬」となりしか。

 

 

某月某日

 別宅暮らし5日目

  きょうは一日中、ウチの人にくっついていた。
  きのうは、長い長い留守番をさせられたから、
  ウチの人がちょっと腰を上げただけで目を光らせた。

 「きょうは、どこにも行かないよ」
  そうは言っても、油断はできない。

  朝、一緒に散歩。
  一緒に朝ご飯。
  食後の遊び。
  膝の中で昼寝。
  昼、一緒に散歩。
  一緒におやつ。
  膝の中で昼寝。
  夕方、一緒に散歩。
  一緒に夕ご飯。おかゆ、くれくれ。
  食後の遊び。
  夜、腕枕で就寝。

  ほんとにずっと一緒だった。
  いい一日だった。

 

 

某月某日 

 別宅暮らし6日目

  やっぱり病院に連れて行かれた。
  慢性膀胱炎のため、定期的に診てもらわねばならない。

  かならず検尿用のシッコを持って行くので、
  シッコ採取の受け皿を持ったら、要注意だ。
 「おシッコしなさい、しなさい」
  うるさく言うときも、警戒しなければならない。

  家の中ではシッコをしないようにするが、外に出されたらおしまいだ。
  いつもの植え込みで、ぜったいシッコをしてしまう。
  敵も手強く、外でもシッコの受け皿は用意されている。
  病院への道もわかっているから引き返そうとするが、
  抱っこされてしまうので、どうにもならない。
  そしてまた、臆病な小型犬は石になる。

 

 

某月某日 

 別宅暮らし6日目

  たくさん車に乗った。
  ドライブは大好きだ。
  初めの2,3回はゲロを吐いたけど、すぐに慣れた。
  今では、1、2時間のドライブなら、休憩しなくてもへっちゃらだ。

  今日は、はじめての道をたくさん走った。
  トンネルを抜けた。
  高速道路に乗った。
  料金所も通った。吠えた。

  きぬた公園に行った。
  おいしいにおいのする売店があった。
  おいしいものはダメだけど、ボールを買ってもらった。
  きれいな広い芝生が広がっていた。誰もいなくて、リードも外したけど、
  思う存分走らなかった。
  大好きなボール遊びも、あまりしなかった。
  マーキングもしなかった。
  とても楽しかったけど、なんだかちょっと落ち着かなかった。

 

 

某月某日 

 別宅暮らし7日目

  ゆうべはぐっすり眠った。
  夜中にウロウロしなかったし、外の物音にも吠えなかった。
  さすがに、昼寝もしないで一日遊び回ると、
  夜はパワーダウンでねむねむだ。

  でも、朝は5時前にばっちり目覚めた。
  爺の他は眠そうだ。
  爺と競って快便。

  土手へ朝の散歩。
  今朝は、散歩オヤジ、釣りオヤジ、ゴルフ練習オヤジ、とオヤジだらけだ。
  刈り上げ頭にタオルを巻いたオヤジが、
  自転車でゆっくりと追い越していった。
 「おはよう」となんだかすごく嬉しそうだった。
  しばらくすると、刈り上げオヤジは引き返してきた。
  すれ違うとき、またニコニコしてこっちを見ていた。
 
さっきよりもっと嬉しそうだった。
  吠えなかった。

 

 

某月某日 

 別宅暮らし第8日目

  また台風が近づいてきた。
  夜中から、突然どしゃ降りになったり、晴れたりと、
  空の変化がめまぐるしい 。

  土手には行けなかった。
  ちょっと雨が上がったすきに、急いで近くの散歩コースに飛び出した。
  同じように待っていた犬達が、そこここにいた。
  大きな犬ばかりだった。
  一匹で散歩しているびしょ濡れの犬もいた。
  犬達のあいだをすり抜けて、雨上がりの遊歩道を突っ走った。
  短足の小型犬は、人知れずお腹がいつもドロドロだ。

 

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