犬日記2001 その6


某月某日 

 ウチの人は、月に一度『本の旅人』が届くのを楽しみにしている。
  なぜだか知っている。
 「グーグーだって猫である」が大好きなのだ。

 「もも」や「なし」や「だだちゃまめ」くらい、
  いや、もっともっと「グーグーだって猫である」が大好きなのだ。
  ポストに『本の旅人』があったときの喜びは、はっきり伝わってくる。
  部屋に戻ると、すぐに袋を破いて、「グーグー」のページを開く。

  郵便物をすぐに開くことは、ふだんあまりない。
  ページに見入っているあいだ、
  気持ちは完全に「グーグー」の方に行ってしまっている。
  すごく睨んでるのに、こっちを見もしない。

  ほっとしたようなため息ととともに、『本の旅人』が置かれる。
  すかさず『本の旅人』をくわえて、おもいきり振り回し、
  ページをひっかき、ビリビリにする。

 

 

某月某日 

 朝の、とても早い時間に散歩に行くと、放犬によく会う。
  放犬とは、飼い主から離れて、好き勝手に行動している犬のことである。
  放犬という言葉は、この前、公園で初めて知った。

  公園の広場に、『放犬禁止』という立て札が、たくさん立てられていた。
  放犬状態は、とても楽しいけど、恐い。
  飼い主の姿が、一瞬でも視界から消えたときは、血の気が引いてしまう。
  だから、あまり遠くには行けないし、ちょくちょく後ろを振り返る。

  でも、とても気ままに放犬を満喫している犬が多い。
  朝会うのは、柴、パピヨン、マルチーズ。
  みんな不安げな様子もなく走り回っている。
  そして、かならずこっちに駆け寄ってくる。

  来なくていいのに。
  なにしろ、相手は放たれた犬、こっちはのろまな飼い主つき。
  ほんと、逃げるのが一苦労なのである。

 

 

某月某日 

 おかいものの時、店内に侵入するためのバッグが壊れた。
  なんか退屈だったので、ひっかいたり、囓ったり、
  引きずり回したりしていたら、ファスナーが取れてしまった。
  硬くて、咬み応えがあったので、楽しくなって、
  ファスナーに沿って、どんどん咬んでいった。
  針金がビロンビロンに飛び出て、もっと楽しくなった。

 「もう、お散歩も、おかいものも、行けないよ」
  ほんとうに怒っているときの低い声がして、バッグは取り上げられた。
  でも、お散歩も、おかいものも、行くに決まってる。
  新しいバッグがちゃんとあるのだ。
  そっちのバッグの方が、入り心地がだんぜんよいのだ。

 

 

某月某日 

 最近の宅急便は本ばかり。
 『宮本武蔵』。
  おいしいものじゃなくて、つまらない。
  ハムは? モモは? おまめは?
  今日こそは、と思っても『宮本武蔵』。何冊も来る。
  この前来た『宮本武蔵』とどう違うのか。
 『バガボンド』がどっさり来てから、『宮本武蔵』ばかり。
  ウチの人は二人とも、夢中で読んでいる。
  ・・・。
  カバーを引き剥がして、ビリビリにした。

 

某月某日 

 最近は、みんな、犬の種類をよく知っている。
  少し前までは、散歩をしていると、チワワとかイタチとか言われたものだ。
 「足、みじかい」「ちっちゃい」は、今でも言われるけれど、
  正確に犬種を言いながら通り過ぎる人が増えた。

 「ママ、ちっちゃいワンちゃん」
 「あらあ」
 「かわいいねえ」
 「かわいいね」
 「いっしょうけんめい、歩いてるねえ」
 「ダックスフント」
 「ふうん、ちっちゃいねえ」
 「ミニチュアダックスフント」
 「ママ、あれ、かう!」

  ママは、そこで黙り、急いで通り過ぎる。

 

 

某月某日

 押入から、スーツケースが引っ張り出された。
  男は泊まりで、他の国へ行く。
  女は車で、他の家へ行く。

  女と行く他の家には、初老の夫妻がいる。
  爺はふかふかの大きな手をしていて、咬み放題。
  婆は、なにをしても叱らない。
 
おいしい物ももらい放題。
  でも、あまりもらいすぎると、婆ともども女に叱られる。
  爺も婆もあまり出かけず、たくさん遊べる。
  朝から晩まで暴れまわって、夜はごはんを食べると、すぐ眠くなる。

  ふだんとは違う生活、違うにおい、散歩コースもお出かけバージョン。
  すごく楽しいけど、ウチに帰るとほっとして、
  なぜかまず縫いぐるみにマウントする。
  そして、ぐっすり、たっぷり爆睡する。

 

 

某月某日 

 土手だ土手だ。
  一ヶ月ぶりの土手だ。
  車の中からでも、土手に近づけば、においでわかる。
  川を渡るころには、プンプンにおってきて、
  もう早く草むらに降りたくて、キュウキュウ言ってしまう。

  車から降りると、まずシッコだ。
  ふう。
  うっかり、乗る前にシッコを済ませておかなかったので、
  ちょっと我慢がきつかった。
  長い放尿の後、ウンコもタップリした。
  オーケー。
  大きな放犬、いない。犬好きのガキ、いない。
  オーケー。
  草はぼうぼう、濃いにおいがむんむんだ。
  リードをめいっぱい伸ばして、ウサギになる。
  久しぶりの土手は、跳ねウサギにかぎる。

 

 

某月某日 

 別宅暮らし第1日目

  朝、まだ薄暗いうちから、爺が起きあがってきた。犬なみの早起きだ。
  爺、ゆうべけっこう酒臭くなって帰ってきたのに、
  早朝から軽快な動きをしている。
  眠いふりして、少し様子をうかがった。

  爺、朝一で快便、犬なみだ。
  その後、テーブルをガサゴソやって、何か食いだした。
  寝起きに旺盛な食欲、犬なみだ。
  すかさず、真下へ行って待機した。
  案の定、パンくずが落ちてきた。ゲット成功。

 「あげないよ」
  嬉しそうな爺、いじわるのつもりか。
 「さあ、散歩いくぞ」
  ぺろりと平らげ、帽子をかぶった。
  爺に首輪を装着され、早々と連れ出された。
  首輪のつけかたも、抱っこの仕方も、この頃やっとうまくなったようだ。

 

 

某月某日 

 別宅暮らし第1日目

  よその家にいると、ついつい吠えてしまう。
  ちょっと物音がしただけで、びっくりして吠える。
  となりの家の玄関が開いて、ワン。
  子どもの駆ける足音がして、ワン。
  遠くで犬の鳴き声がして、ワン。
  ネコがニャーといえば、ワン。
  ビニールがガサといっただけで、ワン。
  もうなんでもかんでも、ワンワンだ。
  犬なんだから、ワンワンだ。
  臆病犬は、ワンワンワワンだ。

 

 

某月某日 

 別宅暮らし第2日目

 
よその街の散歩は、少しばかり緊張する。
  初めて通る道はなおさらだ。
  いちいちにおいを丹念にかぐ。マークもちょくちょく付ける。

  知らない犬にもたくさん会う。
 「ほら、まだ小さい子だから、おどかしちゃダメよ」
  すれ違う犬たちが、飼い主に言われている。
  これでも4歳半のりっぱなオトナだが、
  初めて会う人にはよくそう言われる。
  でも、ウチの人は訂正しない。
  子犬のふりして笑って走り去る。

  そして、犬嫌いの臆病犬は、いつまでたっても知り合いができない。
  孤高の臆病犬は、いつでもどこでも、
  ちょっとびくびくしながら、自らの走りのみに専念する。

 

 

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