犬日記2000 冬 その2


2月某日 

 雪がなかなかなくならない。
 真っ白い、サクサクの、楽しいやつはとっくに消えたり、
 脇にどけられたりしたけれど。
 道の端にできた埃だらけの雪の小山から、いろいろなにおいがしてくる。
 電柱のまわりのガリガリにかたまった雪に、おしっこをかける。
 ときどき雪山が崩されて、道にばら撒かれている。
 やっと乾いたところがまたビショビショになって、
 お腹もいっぺんでドロドロだ。
 晴れていても、毎日毎日お腹がぐっちょりドロドロ、
 家に戻って来るころはどんな犬だかわからない。


 またレインコートを着せられそうになったので、
 おもいっきり暴れてむしり取った。
 どんなときでも、散歩の時ははだか犬。
 きょうは、行く先から雪とは違う強いにおいが漂ってきた。
 道が黒く濡れているけれど、冷たい感じはしなかった。
 すぐ目の前まで来たら、そこに立っていたヘルメットのおじさんが言った。
 ワンちゃんにはまだ熱いから抱っこしてね。
 抱っこされて熱いところを通っているとき、
 おじさんはずっと笑いながらこっちを見ていた。

 

2月某日 

 いつも誰かにくっついている。
 からだのどこかが、家の人にくっついていると、とても安心する。
 毎日毎日くっついてばかりいたので、
 くっついていないときちんと眠ることができなくなった。


 こどもの頃は、夜は玄関でひとりきりで眠っていた。
 留守番の時間も、いまよりずっと長かった。
 それがおとなになるにつれ、どんどんあまったれになった。
 今は、一日中ほとんど誰かと一緒にいる。
 夜寝るときは、股の間か、脇の下あたりにもぐり込む。
 当たり前だけれど、散歩の時はずっと一緒。


 ごはん時は、足下にまとわりつく。
 自分のごはんが済んでも、お裾分けや、
 調理台から落ちてくるイイモノをねらって、片時もそばを離れない。
 ボールや縫いぐるみで遊ぶときも、相手はもちろん家の人。
 ひとりで遊ぶ気なんて起きないし、いたずらは怒られたいからするだけだ。
 遊び疲れて昼寝をするときは、膝の中で丸くなる。
 眠りやすいように鼻柱で膝の角度を調整させ、
 ブランケットを掛けてもらえば、もうすぐにひっくり返って夢見心地だ。


 くっつけないのは、掃除機やアイロンをかけたり、
 いそいそと家の中を動き回っているときと、
 夕方の買い物に出かけるとき、あとトイレに入ってしまうときもそうだ。
 そのときだけは、仕方なく自分のかまくら型の小さな部屋に入って、
 じっと待っている。悪さもしないし、吠えもしない。


 ひとりは何もする気がおこらない。
 ひとりの時間は欲しくない。

 

 

1月某日 

 マウンティングし過ぎた。

 毎食後、縫いぐるみたちへのマウントを欠かさない。
 ゾウ、狸、レトリバー、ダックス(大)、ダックス(小)、
 ラグビーボール、オグリキャップ……。その日の気分でいろいろ変える。

 一番のお気に入りは、自分のからだの5倍はあるアヒルちゃんだ。
 大きな丸い尻が、ふかふかとして具合がよい。
 食いしばるための小鳥を、がっぷりくわえてのしかかる。

 ここ何日か、食後以外にも、 昼寝の後や散歩の後に
 マウンティングしていたら、とうとう血が出てしまった。
 痛くもなんともなかったけれど、大急ぎで病院へ連れて行かれた。
 と言っても、自分の足で走って行くのだけれど。

 行く途中で採ったおしっこを持っていった。
 おしっこには、血が混じっている他に、膀胱炎の症状も少し出ていた。
 止血剤と抗生物質とpH調整剤をもらい、
 ごはんも結晶を溶かすための不味い缶詰に変えられてしまった。

 だけど、調子はぜんぜん悪くない。
 夕方の散歩もずんずん走った。ふだんより長く速く走れた。
 ついつい引っ張りすぎて叱られた。
 薬がまぶされたごはんも、ぺろりと平らげた。
 ドライフードよりたくさん貰えて、はぐはぐ食べた。
 「まずいのにかわいそうだけど」と、病院で言われたみたいだけれど。

 そして、食後やっぱり、アヒルちゃんにのしかかった。

 

 

1月某日 

 雪。  

 午後、いつもより早く散歩に出たのに、
 帰ってくる頃には薄暗くなってきた。
 まだ早いけれど、どんどん暗く、寒くなってくるようだった。

 でも、なんだか気分が良くて、遠回りをして広場に引っぱって行った。
 運良く誰もいない。
 リードを外して貰って、めいっぱい走った。
 体がかってに飛び跳ねる。自慢の後ろ足の、バネの具合も好調だ。
 おもいきり蹴って、短い前足と長い胴を存分に伸ばす。
 短足だけど、滞空時間にはちょっと自信がある。

 白いものが散らつき始めたので、もっと走りたかったけれど、
 急いで家に帰った。
 いつもよりたっぷり遊んだ後なのに、
 なんだかずっと走り回っていたかった。
 休憩もせずに、廊下をダッシュし、ボールをくわえてまとわりついた。

 夜、「積もってるよ」と嬉しそうな声で言われたので、
 また楽しくなって走り回った。

 次の朝、外は白くて冷たいもので埋め尽くされていた。
 おそるおそる、白い地面の上を点検した。
 この家に来たばかりの頃、
 こういう朝が一回だけあったのを、すぐに思い出した。

 おしっこをひっかけて、ずんずん進んだ。
 足がすっかり埋もれてしまうけど、自慢のバネで、ぴょいぴょい行ける。
 すぐに快便。
 誰もいない、白い、広い公園に、ザクザクザクという足音だけが響いた。
 隅から隅まで点検したかった。
 でも、耳もお腹もしっぽも途端にびしょぬれになってしまった。
 少し立ち止まると体が震える。
 名残惜しいけれど、暖かいシャワーを目指してぴょいぴょい家に帰った。

 

1月某日 

 静かな日が続く。
 朝の散歩も、道が広くて思いきり走れる。
 すれ違うのは、新聞や牛乳の自転車と、宅急便の車と、
 カゴに乗ったキャバリアと、はね回ってるビーグルくらい。
 いつもの顔ぶれだ。

 昨日と今日は、朝の散歩にお供がふたりいた。
 すっごく楽しくて、どんどん走って、のどがケホケホした。
 いつもの電柱にマークするのも忘れた。
 なんだか強くなったような気がして、ビーグルに吠えたら、
 やっぱり叱られた。

 朝ご飯もみんなで食べた。ここのところ、お裾分けが多くて最高だ。
 でも、調子に乗って「くれくれ、くれくれ」はしゃいだら、
 やっぱり叱られた。

 昼間、陽が高くなってきても、街は静かなままだ。
 午後になると窓から太陽が差し込んでくる。
 畳に細長い光の模様ができて、そこから違う匂いが漂ってくる。
 とても心地のいい匂いだ。

 光の帯の中にすっぽり入り込んで、体を伸ばす。
 途端に目がしょぼしょぼして、お湯に浸かっているような気分になる。
 だらしなく伸びていると、そっとブラシがあてられる。
 首から背骨に沿って撫でて貰うと、
 気持ちよくてどんどん体のちからが抜けてゆく。

 おいしいものを食べて、たくさん走って、
 ぽかぽか静かな昼寝をして、家の人がみんなずっと家にいる。
 いつもと変わりはないけど、なんかいい日。

 

 

1月某日 

 きのう、今日と、いつもよりたくさんおやつが貰えた。

 ゆうべは、ご飯の後に、短いおソバを2、3本食べた。
 おソバはそれほど好きじゃないけれど、なんか楽しかった。

 今朝は、薄暗いうちから土手に行った。
 めずらしく人がたくさんいた。
 土手はとても冷たくて強い風が吹いているのに、
 みんな立ち止まって同じ方向を見つめていた。

 はしゃぎ回っているのは犬くらいだ。
 寒いけど、なんだか楽しくて体が勝手に飛び跳ねた。
 気がつくと、すっかり明るくなっていて、
 たくさんいた人達はみんないなくなっていた。
 たっぷり遊んで、たっぷりうんこもして、お腹がすごく空いてしまった。

 家に帰って、足とお腹をきちんと洗った。
 朝ご飯の前に、甘いような辛いような、
 ちょっとツンとする飲み物をひとくち舐めた。
 おいしくないので、すぐいらなくなった。

 テーブルの上には、ふだん見かけない四角い箱がのっていて、
 おいしい匂いのするものがいっぱい詰まっていた。
 黄色くて、甘くて、とろっとしたやつを少し貰った。
 おいしくて思わずテーブルに飛び乗ってしまい、すごく叱られた。
 甘党にはこたえられない味だった。
 今日は特別、と言ってそれをご飯にまぶしてもらった。
 大好きな味がまた一つ増えた。楽しい朝ご飯だった。

 うちの人も、小さな紙を何度もながめ、
 ダイキチダイキチダイキチと嬉しそうだった。
 それを見て、またなんだかとても楽しくなった。

 

 

back next

 

2000年目次