犬日記2000 秋 その3


11月某日 

 三歳と八ヶ月を過ぎた。
  人間の歳に換算すると三十歳近いらしい。
 三十歳といえば、もうおとなもおとなだ。

 犬は人間の約7倍の速さで時間が流れているという。

 そういえば、そんな犬の映画を見たことがあった。
 一週間ほど飼い犬を友人のところに預けようとした主人公が、
 その友人に文句を言われるのだ。
 君にとってはたったの一週間かも知れないが、
 犬にとっては50日なんだぞ。  

 時間や歳のことはよくわからない。
 でも、歳を取ったからおとならしくなるとは限らない。

 子どものときより留守番はさびしい。
 昔はひとりで寝ていたのに、今はぜったい誰かのそばにくっついている。
 そうでないとよく眠れない。
 他の犬の話をされると、なんだか無性に腹が立つ。

 人の言葉とか、生活のリズムとか、
 家の中のいろんな事が解るようになってくると、
 楽しいこともさびしいこともたくさん増える。

 家の中で一番小さくて、わけもわからずよちよちウロウロしていたのが、
 あっという間に大きくなって、もうすぐみんなの歳を追い越してしまう。
 そして、ひとりだけどんどん先に歳をとってゆく。

 でも、今はまだ毎日パワー全開だ。
 ほら見て、ちょこちょこして、まだ赤ちゃんなのね、と言われながら、
 三十歳は今日も全力で街をかけ回る。

 

 

11月某日 

 久しぶりに、日曜日の公園に行った。

 昔はよくここに来ていたけれど、
 必ず話しかけてくるちょっと臭いの強いおやじや、
 そのおやじの仲間がベンチに集まっていたりして、
 しっぽを振るのが面倒なので、だんだん行かなくなった。

 今日はいつもの散歩コースに犬が連なっていて、
 避けていたら公園まで来てしまった。

 でも、公園の中はもっと犬だらけだった。
 今まで見たこともないくらいたくさんの子どももいた。
 なんだかごみごみザワザワしていて、
 落ち着いて匂いを嗅ぐこともできなかった。

 広場のところどころに、入っては行けない場所ができていた。
 懐かしい樹の周りが、太いロープで囲われていた。
 『放犬禁止』という看板が、昔かけ回っていた枯れ草の中に、
 何本も立っていた。

 早々に公園を後にした。

 ふだんよりたくさん歩いたのに、ぜんぜん遊んだ気がしなかった。
 家の近くまで来て、やっとゆっくり放尿した。

 あの臭いの強いおやじのことを、ほんの一瞬思い出した。

 

 

11月某日 

 犬も夢を見るのかな。

 
ええ。眠ってるとき、よくキュッキュッ、キュッキュッと言ってます。

 
へえ。

 
起きているときは出したこともない声、ちょっと苦しそうな、
 大きな声を出します。

 何か喋ってるのかな。

 威嚇しているような、唸り声のときもあります。
 う〜う〜、と低い声で。

 ふうん。じゃあ、いちおう映像として見てるんだよねえ。
 どこかの犬に歯向かっているとか。

 おそらく。

 どんな映像だか見てみたいね。
 けっこう、飼い主を噛んでたりして。

 もっと、人間には理解不能な、
 ぐにゃぐにゃの渦巻き模様とかかもしれませんよ。

 うむ。どんな夢かみてみたいね。
 夢見装置みたいなものが発明されないかな。

 見ないほうが幸せかもしれませんよ。
 でも、夢を見るということは、犬にも無意識があるのでしょうか。

 そうねえ。どうなんだろ。

 あら、退屈そうな顔してこっち睨んでますよ。

 くだらんこと言ってないで遊べ、って?

 

 夢ってなに?

 

 

11月某日 

 休みの日は、散歩に行くと犬だらけだ。

 特に日曜日の夕方。池のまわりは釣り人、カップル、ファミリー、
 焼き芋売り、その上わんこ大行進で、落ち着いてウンコをする場所もない。

 ふだん見かけない犬がたくさんいる。
 手入れの行き届いた犬や、高価そうな犬が多い。
 
めかしこんだ小型犬が、車の窓から落ちそうなほど身を乗り出している。
 大型犬が艶のいい長い毛をなびかせて、悠然と通り過ぎてゆく。

 ちらりと目を向ける奴、立ち止まってじっと見ている奴、
 反射的に駆け寄ってくる奴、吠えまくる奴、
 こっちにはぜんぜん目もくれない奴、いろいろいる。
 なぜかビーグル犬には、その場に止まってずっと見つめているのが多い。

 もちろん、相手の出方に関わらず、とにかく逃げる。
 だいじょうぶ、と言われても大慌てで走り去る。
 せき込むほど、リードを引っ張り続ける。
 マーキングも、焼きたてのパン屋に寄ることも、
 秘密の場所を確認することも全部忘れる。
 あっという間に、ゼイゼイしたまま家の近くまで来てしまう。
 なんだか忙しかっただけで、あっけなく散歩が終わっている。

 そういう日の夜はきまって、ちょっと騒いだはずみに急にもよおし、
 新聞の上をクルクル回ってウンコをすることになる。

 

 

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