犬日記2000 秋 その2


11月某日 

 雨の日の散歩はお腹がドロドロだ。
 道が濡れているだけで、背中の方にまで跳ねがあがってしまう。

 足が短いから、他の犬よりうんとお腹のあたりが汚れる。
 最近は冬毛も整ってきたので、おちんちんのまわりや
 足の付け根(人間なら脇の下だろうか)に絡まった細かい泥が
 なかなか取れない。

 外から戻るたびにシャワーで流す。
 でも、シャワーでお腹や肛門をマッサージしてもらうのは気持ちがいい。
 お湯はちょっと熱めが好みだ。

 雨の日や寒い日は、洋服を着ている犬も多い。
 特に小さい犬は、毛糸のベストやレインコートをしっかり纏っている。
 大きい犬には人間のTシャツやゴミ袋を被せられているのがいて、
 一瞬ドキリとする。

 身に着けるものはどうも好きになれない。
 レインコートもフリースジャケットも持っているけれど、
 足を一本通しただけで居ても立っても居られず、全力で体からふるい落とす。
 洋服だけでなく、飾り物がついてるとなんだかとても落ち着かない。
 前に、小さなアクセサリーが首輪についていたことがあって、
 せっかく大好きな散歩に出たのに気になって気になって一歩も歩けなかった。

 だからどんなに雨が降っても、お腹がぐっしょり泥だらけになっても
 一糸まとわず散歩に出る。

 今日も真っ裸で走りに行く。
 雨の日は道が空いている。

 

 

11月某日 

 日に日に寒くなってくる。

 このごろ、自分のかまくら型の巣で昼寝をすることが多くなった。
 家の中では、夏はどこが一番涼しいか、冬はどこが暖かいか、
 他の誰よりもよく知っている。
 すきま風の入る場所、風が通り抜けてゆく道すじ、
 大嫌いな虫が追いかけて来ない場所、重要なところはちゃんと把握している。

 昨夜はなんだか冷えてきて、巣の中で丸まっていたら
 いつもの毛布が入れられた。懐かしい匂いがして、
 気持ちよくなって、顔をうずめてぐっすり眠ってしまった。

 はっと気がつくと、もうふとんが敷き終わっていた。
  「おふとん敷こうか」と言われたら、シーツの間に潜り込んだり、
 ふくらんだ掛け布団に飛び乗ったり、
 枕の端を引っ張ったりしなければいけないのに。

 晩の楽しみが一つ減ってがっかりしながら、
 広いふとんの方へ寝床を移動した。
 こっちは狭苦しい巣穴と違って、どこまで潜っても
 ふわふわの暗闇が続いている。

 適当な場所に来ると、ふとんの波を寝やすい形に変える。
 そこにすっぽりはまり込んで、今晩のベッドとする。

 ひとつ気をつけねばならないのは、暑くなったらふとんから出て涼むこと。
 昔はその加減がわからずに、のぼせてよく吐いた。

 でも今となっては、暑さの頃合いをはかるのもプロだ。
 暑くなったら涼んで、またすぐに潜る。
 寒い夜は、その繰り返し。
 広いふとんがいいから、落ち着かないけど繰り返す。

 

 

10月某日 

 道を歩いていて、よく言われるベスト3。
 カワイイ。小さい。あらあ、あらあら。

 こどもの頃は、「小さい」がダントツで一番だった。
 今もじゅうぶん小さいけれど、
 しっぽもおちんちんもショボショボだった頃は本当に小っさかったのだ。

 そのうち、走るのが楽しくて楽しくて仕方なくなってくると、
 速い、一生懸命ね、というのが加わった。
 おばあさんがぐずっている幼児に向かって、
 ああいうふうにちゃんと散歩しなさい、とよく言っている。
 
トラックが止まっている工事現場なんかの前を通れば、
 イタチ?とか、足短けえなあ?とか、なにこれ?という
 ストレートな声が聞こえる。

 最近は、小さな子でもみんな言うことがとてもはっきりしている。
 ミニチュア・ダックス・フントだ。レッド・ロングだ。
 ゆいちゃん家にいるやつだ。
 あれ飼いたい。
 いま、流行ってるよね。

 ぜんぜん間違ってはいないけど。

 どっちにしても、触られるのがいやだから、
 聞こえない振りをして通りすぎる。  
 今日もいろんな声を遠巻きに、尻尾をすこし丸めて走り去る。

 

 

10月某日 

 涼しくなってきたので、午後も早い時間から散歩に行ける。

 少し時間をずらして出かけると、すれ違う顔ぶれがだいぶかわる。
 今日はいい天気で、小さい犬にたくさん会った。
 シーズー、テリア、キャバリア、ポメラニアン、
 なんだかよくわからない白いクリクリしたやつ。

 どういうわけかみんな自転車に乗っていた。
 前のかごから顔を出していたり、後ろの荷台にすっぽりはまっていたり。
 爺さんの上着の胸元から覗いてるやつもいた。
 自転車をこいでる人がみんなこっちを見て、笑いながら通りすぎて行く。    でも、今日も快調に飛ばしているから、いちいち気にしてなんていられない。  それに、自転車に乗って運ばれる気持ちがぜんぜんわからない。

 何がいやだって、散歩の途中で抱き上げられたり、
 何かに乗せられたりすることほどいやなものはない。
 どんなにヘトヘトでも、ぜんぶ自分の足で行かないと気が済まない。
 だいたい、いつだって抱っこは好きじゃない。

 でも、もしかしたら。
 いつかじいさんになったら、
 そんなことばかりも言ってられないんだろうな、 きっと。

 

 

10月某日 

 日が昇るのがだんだん遅くなる。明るくなるまで散歩には行けない。
 
雨が降りそうな日は、いつも通りに目が覚めてもまだとても暗い。

 我慢できずに、新聞紙の上で用を足した。
 きちんと出来たときはおいしいものが貰えるので、教えにいった。
 起こすときはいつもそうするように、顔の上にのってペロペロと舐めた。   頭を撫でてくれたが、寝ぼけているらしく埒があかなかった。
 仕方がないので、もう少し明るくなるまで、また寝ることにした。
 でも、ちょっとウトウトしたら、すぐに散歩に出られる明るさになった。

 おはよう、と声がして、もそもそと布団から起きあがった。
 まだ半分眠っているみたいな動作で廊下に行った。新聞の上を歩く音がした。
 ぎゃっ、冷たい。
 オシッコ用の新聞紙は、みんなの通り道にある。

 すっかり目が覚めたらしく、首輪をつける手つきも慣れた感じで、
 毎度変わらずちょっと乱暴だった。
 安心して、今日も楽しい朝のひとっ走りに出かけた。

 


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